病気の辞典 vol.015(2017/06/06)網膜循環障害

眼科
准教授 尾辻 剛

網膜循環障害



概要

からだ中の組織には酸素や栄養分を送り込む動脈と、二酸化炭素や老廃物を運び出す静脈が存在することはよくご存知のことと思います。網膜にも動脈と静脈が走っていて、これらは非常に細い血管ですので、つまってしまうことがあります。動脈硬化や高血圧、喫煙などが発症のリスクと言われています。



網膜中心動脈閉塞症

 網膜の動脈が眼球の入口のところでつまってしまうのが網膜中心動脈閉塞症です。入口のところですから網膜全体が酸素不足になるわけです。視力は指の本数がわかる程度(指数弁)、もしくは手を振っているのがわかる程度(手動弁)まで低下します。数日かけて徐々に見えなくなるのではなく、突然見えにくくなります。前兆なく突然発症するのが特徴ですが、数秒間暗くなって元に戻る「一過性黒内障」と言われる前駆症状が数か月前から数日前にみられることがあります。高血圧や高脂血症、糖尿病などの動脈硬化をきたす病気では注意が必要ですし、心臓病などで血栓が眼球まで飛んでくることがあります。
 網膜に酸素が届かない状態で何時間耐えることができるのかは、諸説ありますが実際のところはよくわかっていません。したがってこのような症状があれば、できるだけ速やかに眼科を受診することが重要です。だだしどんなに早く眼科受診しても元の視力に戻ることはありません。若干回復する程度で場合によっては回復しません。
 急性期の治療として、動脈につまった血栓を動かすために眼圧を下げるさまざまな処置を行います。その他に血栓溶解療法や高圧酸素療法などもありますが、重篤な合併症をきたすことが多く、現在当院では行っていません。慢性期には抗凝固剤の内服で経過観察することが多いです。
 



網膜動脈分枝閉塞症

 網膜中心動脈閉塞症は眼球の入り口でつまると言いましたが、網膜動脈分枝閉塞症は網膜の一部の動脈がつまる疾患です。従って網膜の中心(黄斑部)に向かう動脈がつまれば視力は著しく低下しますし、例えば網膜の上方へ向かう動脈がつまれば視野が下半分だけかけることもあります。
 治療は網膜中心動脈閉塞症と同様です。自覚症状の完全な回復は困難な疾患です。



網膜中心静脈閉塞症

 網膜中心動脈閉塞症と同じところでつまる病気ですが、静脈なので眼球からの出口でつまる病気ということになります。すべての網膜静脈の血流が途絶えますので、残念ながら非常に予後の悪い疾患です。心臓からは眼球内にもどんどん血液は送られてきますが、出口がつまることによって血流の渋滞をひきおこし、静脈の壁から血液中の水分が漏れだしたり、出血したりします。発症後しばらく経つと毛細血管もつまり網膜に十分な血流がいかない状態になります。このような状態を「虚血」と言いますが、虚血網膜の細胞からは血管内皮増殖因子(VEGF)という物質が産生されます。このVEGFは血管からの水漏れを促す作用があり、特に網膜の中心部(黄斑部)は漏れた水分が貯留しやすい構造になっているので、黄斑部が水を含んだスポンジのようにブヨブヨになります。これを黄斑浮腫と呼びます。
 黄斑浮腫に対しては抗VEGF薬と呼ばれる薬剤を眼内に注射(硝子体注射)することによって治療を行います。ただし残念ながら薬剤の効果はいつまでも持続しませんので、繰り返しの投与が必要となります。場合によっては硝子体手術を行うこともありますが、後述の網膜静脈分枝閉塞症に比べるとあまりいい成績は得られません。
 さらにVEGFには新しい血管を生やす作用もあるので、網膜のあちこちに網膜新生血管と呼ばれる弱い血管が発生し、これらが切れると眼内に大出血(硝子体出血)をおこすことがありますし、新生血管が原因で難治性の緑内障(血管新生緑内障)を併発することもあります。これらには抗VEGF薬では到底太刀打ちできませんので、虚血網膜にレーザーを行うことによって予防します。残念ながらすでに硝子体出血や血管新生緑内障に陥ってしまった場合は失明の可能性がありますので、速やかに硝子体手術や緑内障手術を行います。
 当院ではこれらすべての治療に対応し、なんとか視力を維持できるよう努力しています。
 



網膜静脈分枝閉塞症

 網膜中心静脈閉塞症と同様の疾患ですが、網膜静脈の一部がつまる病気です。つまった静脈の流れる領域に出血や網膜浮腫が出現しますが、周辺部の静脈がつまっても自覚症状はほとんどありません。中心近くの静脈がつまると自覚症状は出やすく、黄斑浮腫も来しやすいので積極的な治療が必要です。
 黄斑浮腫の治療は網膜中心静脈閉塞症と同様に抗VEGF薬を繰り返し硝子体注射することになりますが、現役世代に多く発症する疾患なので、何年も頻回に通院することは時間的、精神的、経済的な負担になるかもしれません。その他の治療としては、硝子体手術を行い、黄斑部網膜の最表層の内境界膜と呼ばれる薄い膜をはがす方法があります。抗VEGF薬が効かなくなってきた場合や、繰り返し投与が負担になってきた場合にお勧めすることがあります。この手術は硝子体注射と違って繰り返し行うことはありません。内境界膜を剥離することによって黄斑浮腫が軽減または消失するメカニズムについては黄斑部にたまったVEGFが拡散するなど諸説ありますが、よくわかっていません。ただ手術は抗VEGF薬の硝子体注射に比べて即効性に乏しく、徐々に視力回復していくといった特徴があります。
 また黄斑浮腫があってもなくても網膜中心静脈閉塞症と同様に虚血網膜へのレーザー治療も必要となることがあります。
 最近は抗VEGF治療が主流となっていますが、硝子体手術の成績も決して悪くはなく、当院では患者さんとよく相談の上、治療の選択を行っています。

 

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注:記載内容や医師情報は掲載時点のものです。 詳しくは担当診療科にご確認ください。


眼科 准教授尾辻 剛(おつじ つよし)

専門分野:黄斑疾患、眼循環、網膜硝子体疾患、緑内障、ぶどう膜炎

認定資格:日本眼科学会専門医、日本眼科学会指導医、眼科PDT認定医

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