病気の辞典 vol.029(2019/06/19)黄斑部疾患

眼科
病院准教授 尾辻󠄀 剛

黄斑部の疾患(物がゆがんで見える病気)



概要

 黄斑部とは網膜の中心部のことで、実際に物を見ているところです。黄斑部に異常をきたすと物がゆがんでみえたり(変視、歪視)、小さくみえたり(小視症)、ひどくなると真ん中が見えなく(中心暗点)なります。ごく早期には自覚症状が出にくいこともありますので、障子やパソコンの表計算ソフトなどの格子状のもので、自己チェックすることができます。図に示したのはアムスラーチャートと呼ばれるもので、早期発見や治療の効果判定の自己チェックに使われています。片目ずつ閉じて試してみてください。




原因疾患

 黄斑部に異常をきたす疾患は多種多様であり、それぞれに治療法が異なりますので、眼科を受診し専門的な検査を行う必要があります。参考程度に代表的な疾患の説明をします。



・加齢黄斑変性(滲出型加齢黄斑変性)

 網膜の裏側にある脈絡膜というところから黄斑部に向かって血管が侵入してくる病気です。この血管のことを脈絡膜新生血管と呼びます。黄斑部に血管が侵入するだけでも見にくくなりますが、新生血管は弱い未熟な血管なので血管壁から血液中の水分が漏れだしたり、血管が切れて出血したりすることでさらに見にくくなります。主な検査として、蛍光眼底造影(FAおよびICGA)や光干渉断層計(OCT)で新生血管を検出し確定診断をつけます。
 

 新生血管が生えてくるときに大きな役割を果たしているのが血管内皮増殖因子(VEGF)というタンパク質です。このタンパク質を抑える薬剤(抗VEGF薬)が近年開発され治療の中心となっています。抗VEGF薬は点眼や内服では投与することはできず、眼に直接注射(硝子体注射)することになります。また一度の注射では効果は持続しませんので繰り返し注射しなくてはならず、場合によっては何年も注射を受け続けなくてはならない人もいます。また抗VEGF薬には全身血栓症の合併症があり、脳梗塞などの疾患がある場合には慎重な投与が必要です。
 

 繰り返し抗VEGF薬を投与していると効果が弱まってくることがありますが、他社の抗VEGF薬に変更したり、光線力学的療法(PDT)を行ったりすることがあります。PDTとは光感受性物質という特殊な薬剤を点滴しながら、弱いレーザーを照射する方法で、周りの組織への影響を最小限に抑えつつ新生血管のみを焼きつぶす方法です。光感受性物質は日光やハロゲン光にも反応しますので、PDTを受けると数日は日光などを浴びることができなくなります。
 

 残念ながら加齢黄斑変性は完全に元通りには戻らない疾患です。現在行うことができるすべての治療を駆使して、なんとか視力低下を抑えていくのが最大の治療です。当院では、国内で認可されているすべての抗VEGF薬を取り扱っており、また大阪府下で最も早くPDTを導入した病院として、多くの患者さまの治療にあたっています。



・中心性漿液性脈絡網膜症(中心性網膜炎)

 黄斑部の網膜の下に水分が漏れ出す疾患で、物が小さくみえたり、かすんでみえたりします。加齢黄斑変性は新生血管から漏れますが、中心性漿液性脈絡網膜症は正常なはずの脈絡膜血管からの水漏れが原因と考えられています。どんな病気でも多少ストレスの影響は受けますが、この疾患は特に影響があると考えられています。私が研修医のころはストレスのかかりやすい中間管理職の中年男性に多いと習いましたが、昨今はあらゆる世代にストレスはあると思われ、学生さんや老老介護の高齢者にもよくみられるようになってきました。
 

 加齢黄斑変性との鑑別が非常に重要ですので、検査は加齢黄斑変性と同様に、蛍光眼底造影や光干渉断層計(OCT)で確定診断をつけます。
 

 治療は循環改善剤などの内服薬で様子をみることもありますが、網膜下の水が漏れだしているところ(漏出点)をレーザーで焼くことで水漏れを止めることができます。ただし漏出点が黄斑部の中心(中心窩)にある場合はレーザーで焼くと見にくい場所(暗点)がでますので、レーザーはできません。このような場合、本来は内服で様子をみるしかありませんが、当院では倫理委員会の承認のもと、光線力学的療法(PDT)による治療を行っています。PDTは加齢黄斑変性の治療としてのみ認可されていますが、中心性漿液性脈絡網膜症においてもその効果が実証されており全国のいくつかの施設で行われています。ただし通常どおりに行うと過剰凝固になりますので、いろいろな工夫がなされていますが、当院では照射時間を半分に短縮して安全に行っています。



・黄斑円孔

 文字通り黄斑部の中心に小さな丸い穴が開く疾患で、線がとぎれたり、真ん中が暗くみえたりします。眼球の中には硝子体と呼ばれるゼリー状の物体があります。硝子体は生まれたときは網膜表面まで完全に詰まっていますが、年齢とともに部分的に液化してきて、硝子体自身が前方に移動します。このときに黄斑部に強い癒着がある人は、黄斑部が引っ張られて黄斑部の網膜に穴があきます。
 

 治療は手術しかありません。まず硝子体を切除(硝子体手術)し、黄斑部を引っ張っている後部硝子体膜と呼ばれる膜を剥離し、網膜の最表層の内境界膜という膜も部分的に除去します。これによって黄斑部の牽引はなくなり、眼内に空気またはガスを注入して自然に円孔が閉鎖するのを待ちます。
 

 穴があいてから時間が経っていると円孔が大きくなって手術をしても閉鎖しなくなることがあります。このような症例に対して、当院ではinverted ILM flap法という内境界膜を円孔のなかに押し込む特殊な手術方法で高い閉鎖率をあげています。



・網膜上膜形成症(黄斑前膜)

 網膜の表面に薄い透明な膜が張る病気で、主に黄斑部に張るので黄斑前膜とも言います。張っている膜は透明なので最初は自覚症状はありませんが、膜自身がだんだん縮んできて、網膜にしわがよってくることでゆがみが出てきます。まれに自然に膜がとれることもありますが、自覚症状が強くなったら手術適応となります。
 

 手術は黄斑円孔と同様に硝子体手術で薄い膜を取り除きます。術後は徐々に網膜のしわが伸びていきますので、視力回復には数か月以上かかることが多いです。



・黄斑浮腫

 黄斑浮腫とは網膜のなかに水がたまる状態のことで、網膜が水を含んだスポンジのように膨らんでしまうので、ゆがみや視力低下を自覚します。黄斑浮腫とはひとつの疾患ではなく、糖尿病網膜症や網膜静脈閉塞症、ぶどう膜炎などさまざまな病気に伴って出現します。

ページの先頭へ

注:記載内容や医師情報は掲載時点のものです。 詳しくは担当診療科にご確認ください。


眼科 病院准教授尾辻󠄀 剛(おつじ つよし)

専門分野:黄斑疾患・眼循環・網膜硝子体疾患・緑内障・ぶどう膜炎

認定資格:日本眼科学会専門医・日本眼科学会指導医・眼科PDT認定医

眼科の詳細ページを見る