リハビリテーション学部 理学療法学科 池添冬芽 教授

先生が取り組まれている研究テーマについてお教えください。
私は30年以上にわたり、高齢者の健康寿命延伸をテーマに研究を続けてきました。具体的には、サルコペニアやフレイル、ロコモティブシンドロームの予防に向けた運動トレーニング法の開発や高齢者の骨格筋特性・運動機能に関する臨床研究に取り組んできました。
また、滋賀県長浜市民を対象とした大規模調査「長浜コホート研究」にも携わっており、健康・臨床医学・遺伝子・環境・生活習慣といった多角的なデータベースを利活用した分野横断的な研究を続けています。
どのような研究をされてきたのでしょうか?
私の専門とする高齢者理学療法・地域理学療法分野の学術体系は、未だ発展の途上にあります。例えば、健康寿命の延伸には運動機能の維持・向上が不可欠であると認識されているものの、具体的にどのような運動介入が最も有効であるかについては、依然として不明な点が多いのが現状です。
加齢に伴う筋肉量の減少や筋力の低下は、要介護状態を招く主要な要因となります。筋力の低下は立ち上がりや歩行、段差昇降といった基本動作の能力低下に直結するため、筋力維持・向上に対する積極的なアプローチが大切です。しかしながら、具体的にどの筋肉をターゲットに筋力トレーニングすべきかについては解明されていないことから、私は優先的に鍛えるべき筋肉についての追及を続けてきました。実際に、超音波診断装置を用いて高齢者の下肢筋を調査したところ、加齢による萎縮が最も著しいのは「大腰筋」であることがわかりました。また、「ヒラメ筋」は歩行が自立している高齢者では萎縮が少ないのに対し、歩行困難な高齢者では顕著な萎縮がみられること、さらに日常生活活動量には「中殿筋」が強く関与していることを明らかにしました。加えて、フレイル高齢者を対象とした縦断的な追跡研究からは、歩行能力の低下に「大腿四頭筋」の萎縮が強く関連していることも明らかになりました。これらの知見に基づき、大腿四頭筋(膝関節伸展筋)、大腰筋(股関節屈曲筋)、中殿筋(股関節外転筋)、ヒラメ筋(足関節底屈筋)をターゲットとしたトレーニングを推奨しています。
また、加齢に伴い筋肉の「量」だけではなく、筋内に脂肪や結合組織などの非収縮組織が増加するといった「質」の低下も進行します。私たちは超音波画像の筋輝度を用いて筋の「質」を定量的・非侵襲的に評価し、筋の質的変化は筋量減少よりも加齢の早期の段階(筋によっては30歳代)から始まっていることや、筋質の低下は高齢者の筋収縮能力低下を招く重要な要因であることなどを報告してきました。筋機能に大きな影響を及ぼす筋の質の低下を予防するためには、加齢の早期段階から対策を講じることが必要です。筋量に対するアプローチに加え、この質的因子を改善するための効果的なトレーニング法の確立も重要な課題と考えています。

長浜コホート研究について教えてください。
高齢者の健康寿命を延ばすためには、多角的な視点から高齢者が抱える多様な課題を捉え、他分野と横断的に連携していくことが求められます。私は、京都大学ゲノム医学センターを中核とし、様々な臨床・社会医学部門が結集した大規模研究「長浜コホート研究」において、運動機能分野のコーディネーターを務めてきました。
長浜コホート研究は、健診事業を通じて滋賀県長浜市民1万人から健康に関する情報を長期的に収集するプロジェクトです。これらの膨大な情報を統合・解析することで、医学の発展と市民の健康づくりに貢献することを目指しています。この学際的な事業は、大学・行政・市民による「産官学民連携」で進められているのが特徴です。私は本事業において、個別の健診結果のフィードバックに加え、研究成果を広く市民に伝えるための公開講座やセミナーを開催し、知見を社会に還元する取り組みにも注力してきました。
この研究基盤を活用し、私はこれまで「ロコモティブシンドローム(ロコモ:運動器の疾患・障害により移動機能が低下した状態)」の予防を中核に据えて臨床研究に取り組んできました。要支援・要介護状態になる原因の多くは運動器疾患・障害が占めており、特に「要支援」の原因ではその割合は半数以上にのぼります。そのため、ロコモの早期発見や予防に取り組むことは、介護予防、とりわけ初期段階での「一次予防」に直結します。私たちは地域在住高齢者を対象に、ロコモの悪化に関連する因子について縦断追跡研究を行い、様々な運動機能の中でも特に「股関節屈曲筋力」がロコモ悪化の重要な関連因子であることを見出しました。この知見から、高齢者のロコモ悪化を防ぐには股関節屈曲筋力を維持・向上することが極めて重要であると考えています。今後も他分野と連携しながら、高齢者研究の発展に寄与する成果を発信していきたいと考えております。
後輩へのメッセージをお願いします。
研究で成果を出すには、多くの苦労と膨大な時間がかかります。たとえ思うように進まなくとも、その「失敗」にこそ学びの価値があります。つまり、それは単なるミスではなく、「うまくいかない方法を一つ発見した」という前進であり、諦めずに努力を続けていれば、ふとした瞬間に新たな道が拓けることがあります。大切なのは、何度壁にぶつかっても情熱を失わず、地道に根気強く挑戦を続けること。自分の可能性を信じる「強さ」を持って、一歩ずつ進んでいきましょう。
- 2026年3月取材・撮影
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