医学部内科学第三講座 長沼 誠 教授

先生が取り組まれている研究テーマについてお教えください。
炎症性腸疾患(IBD)は、血便・下痢・腹痛を主訴に若年で発症し慢性に経過する疾患で、主に大腸に炎症を起こす潰瘍性大腸炎と、消化管全体に全層性の炎症を生じるクローン病が含まれます。遺伝的素因、環境因子、免疫異常などが関与するとされますが、根本原因は未解明で国の難病に指定されています。治療の進歩により多くの患者さんが通常の生活を送れるようになりましたが、学業・就業・家庭生活などで生活の質が損なわれる方も少なくありません。私は、こうしたIBD患者さんの生活の質の向上を目指し、診療と研究に取り組んでいます。
その研究に取り組んだきっかけをお教えください。
平成4年に医学部を卒業後、平成8年に消化器内科を専攻するようになりました。私は大学院には進学せず、臨床を続けながら免疫学の基礎研究に取り組むことになりました。しかし研究は思うように進まず、上司からの評価も低かったため、「腐った気持ち」で研究を続けるような状況が続いていました。その中で、自分が大学にいる意義を見出そうと、患者情報を収集する臨床研究を始めるようになりました。あるとき、研究の過程で臨床データを必要とした上司から、患者情報について質問を受けましたが、カルテを確認せずとも約 10 名の患者さんの情報をほぼ正確に答えることができました。これをきっかけに、叱咤されることの多かった上司から初めて評価されるようになり、その後は「臨床研究」という仕事そのものを徐々に認めていただけるようになりました。
私の研究のエッセンスは、診療で難渋した患者さんや日常診療で生まれるクリニカルクエスチョンを解決し、その成果を公表することで保険適応や治療指針にも影響を与え得る研究を行うことにあります。過去には、生薬の薬事承認を目指し、基礎研究から臨床研究まで一貫して取り組んだ経験があります。探索的臨床研究の中で、病気のために仕事を続けることができなかった患者さんが、生薬の治療効果によって劇的に改善し、再び職場に戻る手助けをできたことは、研究者として非常に感慨深い経験でした。
令和2年には、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)難治性疾患実用化研究事業として、「エビデンスに基づいた難治性炎症性腸疾患に対する治療ポジショニングの構築」の研究が採択され、2つの多施設共同臨床研究を進めてきました。
1つ目は、急性重症潰瘍性大腸炎に対する治療に関する研究です。入院直後の第一選択治療として従来用いられるグルココルチコステロイド(GC)に加え、免疫抑制剤、生物学的製剤、低分子化合物などのAdvanced therapy(AT)の治療効果を多数例で解析し、入院時のファーストラインとしてのATの有用性を世界で初めて報告しました。特に、過去にGCを使用した患者さんでは、入院後にGC以外の生物学的製剤を選択した方が、治療成績が優れることを明らかにし、入院後治療の新たな治療アルゴリズムを構築しました。このアルゴリズムは国際誌の表紙に掲載される成果となりました。
2つ目は、生物学的製剤未使用例を対象に、3種類の生物学的製剤の短期治療効果と安全性を比較する多施設共同無作為化比較試験(RCT)です。複数の生物学的製剤を同時に比較するRCTは海外でも例が少なく、本研究は世界で初めての試みとなりました。
COVID-19の影響で症例登録には制約がありましたが、3製剤間に明らかな有効性の差がないこと、治療法によって奏功に寄与する因子が異なることなど重要な知見を得ることができました。本研究成果は全米消化器病学会で口頭発表に採択され、多くが企業主導のフェーズIII治験である中、医師主導の多施設共同研究が唯一選ばれた点は大きな意義があったと考えています。
これらの成果は本学からプレスリリースとして発信され、複数のメディアでも取り上げていただきました。社会に向けて研究成果を還元できたことは、研究者として大きな励みとなりました。
取り組まれている研究テーマに関して、今後の展望などがございましたらお教えください。
AMEDよりご支援をいただき、3つの英文原著論文を公表することができました。しかし国際的な一流誌への掲載には至らず、力不足を痛感しております。同時に、質の高い研究には症例数の集積が不可欠であることを改めて認識いたしました。本学に赴任して6年が経ち、関西圏の多くの先生方と交流を深める機会が広がってまいりました。今後は、若手教室員を中心に、関西から質の高い多施設共同研究を発信できるようサポートしていきたいと考えております。
またこの数年は、免疫学や細菌学など病態に関わる基礎研究に十分に取り組めていませんでしたが、科研費で採択された「活性化血小板をターゲットとした炎症性腸疾患バイオマーカー同定と新規治療法の開発」では、潰瘍性大腸炎重症化に血小板–単球複合体が関与しており、局所病変にも存在し潰瘍形成にも関わっていることを示しました。あまり得意でなかった基礎研究も四半世紀以上の臨床経験を経てその重要性と魅力を感じるようになってきました。今後は学内の基礎研究の先生方との連携を一層深め、臨床検体を活用した病態研究を推進していきたいと考えております。
研究への思いや後輩へのメッセージをお願いします。
これまで、「ピペットを握るだけが研究ではない」ということを学生・研修医・教室員の先生たちに伝えてきました。私は平成15〜18年まで米国バージニア大学での留学期間に日本でできなかったマウスを用いた研究に3年間従事し、調節性T細胞の研究に没頭した経験があります。その中で、今回ノーベル賞を受賞された坂口志文先生の仕事が、免疫学の世界にどれほど大きな影響を与えたのかを、まさに肌で感じてきました。基礎研究には、言葉では言い表せないほどの大きな魅力と深い楽しさがあります。
一方で私はこれまで、より患者さんの近くにある研究にも強く惹かれていました。指導する立場となった今、医師・研究者それぞれが興味を持つ分野は異なって当然であり、その「多様性」を大切にしたいと考えています。医学部6学年の病棟実習の最後には、自らが経験してきた研究の意義や面白さを伝えることを続けています。学生や若手の先生方にとって、研究の価値を理解することは決して容易ではありません。しかし、医師という選ばれた立場にあるからこそ、社会に貢献する一つの形として、一度は研究に触れてほしいと思います。
「患者さんがよりハッピーな生活を送るために、私たちにできることは何か」私はいつもその事を考え研究をしてきました。その答えは一つではありません。通常の診療以外にも基礎研究、臨床研究、地域医療、教育など、さまざまなアプローチがあります。後輩の先生方には、自分の興味を大切にしながら、ぜひその一歩を踏み出してほしいと心から願っています。
- 2025年11月取材・撮影
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