MENU

学部・大学院

生理学

生理学は、細胞、組織、そして臓器が生体で、どのような仕組みで機能しているのかを明らかにする学問である。その中でも本講座は、神経系を中心に教育・研究を行っている。脳の働きを解明するには、電気的な信号の伝導や、神経伝達物質による化学的伝達・信号の修飾の機序のミクロなレベルでの研究に加え、それらがどのように「回路として機能し」、「実際の精神活動や行動に結び付くのか」を明らかにするシステムレベルの解明が不可欠である。講座では、ヒトと脳の構造が近い霊長類を用い、行動計測・電気生理学実験・薬理行動学の手法を組み合わせ、この困難だが興味深い問題に取り組んでいる。現在の主なテーマは、情動や記憶、注意・社会的情報・環境制約が行動を変化させるメカニズムである。また、臨床系講座との共同研究も重視し、眼球運動等の計測による情動・認知過程の評価を試みている。最終的には脳で繰り広げられる計算の一般普遍的なprincipleを発見できることを夢見ている。

脳で繰り広げられる計算原理をネットワークとして解明する

運動、知覚、記憶、情動、意識といった知的生命体の本質を担う私たちの脳。この脳の情報処理機構を明らかにする方法として、電気的な信号の伝導や、神経伝達物質による化学的伝達・信号の修飾の機序の、ミクロなレベルでの研究に加え、それらが「どのように多数の脳部位から成るネットワークとして機能」し、「実際の心理活動や行動に結び付くのか」というシステムレベルの解明が不可欠です。 私たちは、ヒトと脳の構造が近い霊長類を使って高次脳機能のメカニズムを調べています。これまで、従来の神経細胞活動記録や薬理学的操作に加え、ウイルスベクターを用いた伝達物質・経路・時間選択的な介入操作などの新手法を積極的に取り入れるとともに、霊長類ならではの眼球運動や自律神経反応などヒトと共通の情動や認知機能指標の同時測定システム構築に成功しています。このシステムを用いて、スタッフは情動による意思決定変化、社会的認知機能など、困難だが興味深い各々のテーマについて日々取り組んでいます。最終的には脳で繰り広げられる情報処理の普遍的原理の発見を目指しています。

現在の研究テーマ

現在の研究テーマ

ストレスによる行動変化の神経メカニズムの解明

我々は心理的ストレスを感じると、通常簡単なはずの行動がうまく行えなくなります。一方、このような状況に打ち勝つしくみも持ち合わせています。本研究の目的は、ストレスによって誘発される不適切な行動への生体応答が、どのような神経メカニズムによって行われているのかを解明することです。行動の制御や学習には大脳基底核を含む神経回路が重要であることが知られており、また、この部位には解剖学的にストレス反応に重要とされる前頭前野や扁桃体からの入力があります。我々は、動物に異なるストレスの強度下で眼球運動を使った視覚刺激選択課題を遂行させ、ストレス下で不適切な選択が生じる状況を作ることに成功しました。また、ストレスなどの情動を瞳孔径・顔面温度などの自律神経反応でモニターするシステムを開発しました。この動物モデルにおいて眼球運動制御に関わる大脳基底核の尾状核ニューロンの発火の強さを計測したところ、ストレス存在下で放電活動が変化するものが見つかりました。これらのニューロンの活動が強いと適切な視覚刺激選択、弱いと不適切な選択が起きる傾向にありました。尾状核はストレス存在下において、そのストレスに抗して不適切な行動を抑制し、正しい選択を行うために重要な役割を担っていることが示唆されます。現在、尾状核の発火の変化を引き起こすメカニズムを、尾状核に投射するドーパミンとセロトニンの作用を中心に明らかにしています。

背側縫線核における情動と行動の情動処理機構の解明

我々の精神活動を支える「情動」は、生体にとってどのような役割を果たしているのでしょうか?私たちはこの謎を、情動と行動との関わり合いという観点から解き明かそうとしています。過度のストレスなど、負の情動下に置かれると、それまで無意識に行っていた行動がぎこちないものに変化したり、合理的な判断が行えず、誤った行動を取ったりします。モノアミン系神経伝達物質のひとつであるセロトニンは、情動との深い関わりが指摘されています。私たちは、脳内のセロトニン神経細胞の大部分が脳幹部の背側縫線核に局在することに注目し、異なる情動下において意思決定行動が変化する際の背側縫線核ニューロンの神経活動の変化を解析しています。また、光遺伝学的アプローチによる高い時間・空間解像度の介入実験により、情動が行動を変化させるメカニズムの解明にも挑んでいます。神経精神疾患治療薬に高い頻度で用いられているセロトニンの機能の解明を目指しています。

社会的情動情報処理における大脳辺縁系の役割の解明

我々が多くの人と関わる社会の中で他人と適切な関係を維持するためには、高度に発達した脳機能を必要とします。大脳辺縁系に属する扁桃体は、古くより恐怖のような負の情動情報に強く応答することが知られてきました。対人場面で過剰に緊張する社交不安障害患者が、恐怖表情に対して健常者より大きな扁桃体応答を示すことや、オキシトシンというホルモンを鼻から吸った人は、扁桃体の活動が抑えられるとともに、他人への信頼度が増すように、扁桃体は対人関係を築くことに大きな役割を担っていると考えられています。 また、近年では扁桃体が報酬という正の情動情報の処理にも関わることが知られるようになってきています。例えば、サルの実験では、扁桃体は、自分に対する報酬だけでなく、他個体に対する報酬にも応答することが明らかになっています。私たちは、ヒトと同様に複雑な社会の中で生活するサルを対象に、他個体刺激を提示したうえで、扁桃体ニューロン応答を細胞外記録し、その応答様式を解析します。扁桃体が社会的情動情報を処理する仕組みの解明を目指しています。

環境制約に応じて自らの行動戦略を切替える神経基盤の解明

私たちは環境制約に応じて柔軟に行動や計画を変更することで、与えられた条件の中で最も良い成果を得ることができます。例えば持ち時間の少ない試験では、全ての問題を解くのを諦め、配点の高い問題に集中して少しでも良い点を目指すでしょう。当たり前のようなことに思えますが、実は自閉症や強迫症など多くの精神疾患の患者さんには、こうした制限時間など、制約に縛られて作業を行うことを不得手とする傾向が見られます。ではそもそも脳はどのようにして、制約に応じて行動を柔軟に切替えているのでしょうか。私たちの研究グループではサルをモデルとして、エサの集め方と制限時間の関係性を行動学的に解析し、またエサの集め方を切替えるために重要な脳領域を調べています。ヒトをはじめとした霊長類の繁栄は環境に合わせて自らの行動を変化させる脳の柔軟性に秘密があるとも考えられており、本研究はその全容解明の一助となると期待されます。

機能解析を基盤としたトランスレーショナルリサーチ

がんは我が国の死亡原因の第1位であり、国民の生命及び健康にとって重大な問題となっています。がんの根源として、がん幹細胞の存在が注目されています。がん幹細胞は自己複製能と通常のがん細胞への分化能を備え治療に抵抗するため、医学の発達した現在であってもその完治には大きな壁となっています。私たちは、学内の研究コンソーシアムにより、外科手術により切除されたがん組織から単離したがん幹細胞株を樹立しその生理学的性質を追求した結果、がん幹細胞に特異的に発現する新しい分子標的となるイオンチャネルを見いだしました。現在、イオンチャネルを標的とした新しいタイプの抗癌剤を開発し、社会実装を目ざしています。

グルタミン酸受容体の生理学的解析

グルタミン酸には神経伝達物質としての働きがあります。その受容体の一つ、代謝型グルタミン酸受容体は発達・記憶・学習で重要な役割を果たします。またその特異的作動薬・阻害剤は、脳疾患の治療薬や治療法の開発に役立つとして注目されています。この代謝型グルタミン酸受容体には、異なる機能と組織局在を示すサブタイプが存在し、同一のサブタイプでも組織が異なれば機能は同じとは限りません。幼若期の海馬にはサブタイプの一つmGluR1が存在しますが、その機能はほとんど分かっておらず、役割も不明です。本研究では、幼若海馬のmGluR1の細胞レベルでの生理機能を、ラット脳を用い、パッチクランプ法で測定される細胞膜電流や、蛍光イメージング法で得られる細胞内カルシウム濃度の解析により、明らかにしようとしています。受容体サブタイプに特異的な作動薬は、神経細胞活動の精細な調節を可能にするものとして開発が進められていますが、サブタイプ特異的な機能の情報は、これらの作動薬の機序を検討する上で有用と考えられます。

連絡先

〒573-1010 枚方市新町二丁目5番1号
関西医科大学 生理学講座
nakamkae@hirakata.kmu.ac.jp
中村加枝

関連

医学部 生理学講座
大学院医学研究科 医科学専攻 認知脳科学

ページの先頭へ