衛生・公衆衛生学
日本の社会医学は衛生学hygieneから始まります。「衛生」という言葉を初めて用いたのは岩倉使節団に加わり欧米諸国の保健医療制度を視察した長與專齋(1838~1902年)でした。衛生学の関心事は明治時代の感染症や脚気の流行対策にその起源があります。その後、産業革命や高度経済成長などの時代と共に関心事は変遷し、衛生学は労働衛生や環境衛生、食品衛生等を扱ってきました。
一方で公衆衛生学public healthは、第二次世界大戦敗戦後の日本国憲法第25条の制定と共に発展してきました。ヘルス・フォー・オール(すべての人に健康を)の理念のもとに、共同社会の組織的な努力を通じて、疾病を予防し、寿命を延長し、身体的・精神的健康の増進を図るための活動の在り方について探求しています。そのために、分子レベルから細胞、個体、集団、環境を対象に、地域、国、地球レベル、さらに未来の健康への脅威に対処するための方策について研究しています。そしてその研究成果は、地域・職域にたえず還元し、市町村、都道府県や国の保健医療施策への提言を行っています。
現在の研究テーマ
1.妊娠、出生からのライフコースにわたる生活習慣病予防(甲田教授・藤田准教授・村上講師・新田助教)
(1)「妊娠、出生からの生活習慣病予防に関する疫学研究(Japan Kids Body Composition study)」では、肥満や痩せ・血清脂質・血圧・DXA による体組成・骨密度等に関する疫学研究を展開しています。本研究は、各市町村の教育委員会や保健センターと協力しながら25 年以上続けています(喜多方市・三島市・袋井市・磐田市・浜松市・淡路市・姫路市)。
(2)「日本人成人女性母集団を代表とする疫学研究(Japanese Population-based Osteoporosis study)」では、無作為抽出した成人女性を25 年以上追跡し、循環器疾患や骨粗鬆症に関する研究を行っています(北海道芽室市・西会津市・上越市・さぬき市・沖縄県宮古島市)。
(3)「奈良県在住男性高齢者の疫学研究(Fujiwara-kyo osteoporosis risk in men (FORMEN) study)」では、男性高齢者を15 年以上追跡し、元気高齢者の元気の秘訣を探っています(奈良市・橿原市・香芝市・大和郡山市)。
2.感染症の疫学と予防に関する研究(神田准教授・下埜講師・村上講師)
(1)結核感染における新規バイオマーカーを用いた診断キットの実用化
飛沫核感染を引き起こす結核は、活動性結核の診断が遅れると感染が拡大する重大な感染症であり、依然として世界的な公衆衛生対策が必要です。既存の結核感染の診断法は数多く存在するものの設備が必要であり、また、検査費用が高額であるなどの理由から低所得国では実施が困難です。そこで我々は感染のリスクがある採血によらず簡便に採取できる尿を検体として、簡便迅速にできる活動性結核の新たな迅速診断法の研究に着手しています。
(2)蚊媒介性ウイルス感染症の分子疫学的調査
デング熱など蚊媒介性のウイルス感染症は東南アジアなどで現在も流行が見られます。ラオスにおいて流行したデング熱患者の検体からウイルスのゲノムを抽出し、ウイルスの血清型を解析しています。さらにウイルスの分子系統樹的解析を加えることでラオス国内における流行の地域性の違いや流行の拡大様式の解明を試みます。
3.厚生労働省「匿名医療保険等関連情報データベース(NDB)」を用いた研究(伊木客員教授・甲田教授・藤田准教授)
NDBは、医療費適正化計画の作成、実施及び評価のための調査や分析などに用いるデータベースとして、レセプト情報や特定健診・特定保健指導情報などを格納・構築したものです。現在、NDBを使った研究のために厚生労働省から第三者提供が行われています。本講座でも、このNDBを利用し、骨粗鬆症患者における骨粗鬆症薬物治療中断が骨折リスクに及ぼす影響について検討しています。
研究業績